やさしい悪魔(2)




ある日協会員のひとりが、急ぎの用事で桜へ出かけた。 が、賢治の姿はなく、内村康江(引用者注・高瀬露に冠した仮名)がひとり、放心のさまで立っていた。 「先生はおいでになりませんか」 協会員といっても、彼は農学校時代の賢治の教え子でもあったから、勇気を出して彼女に声をかけた。 「おりません」 いつも愛想の良い彼女から、ブッキラボーな返事が反ねかえった。 「どこへ行ったのか、何時ごろ帰るのか、わかりませんか」 すこし間をおいて、「わかりません」と彼女はこたえたが、それが如何にも面倒くさそうで、 「わかるわけなど、ないじゃありませんか」と、切り返すような語調だった。 この人が来たおかげで、その当座は会の空気も一時パッと明るくなった。それも事実だったが、 今はこの人がここに入りびたっているおかげで、遠慮して、会から足を遠ざけている人だっていないわけではない…… 反射的に、こんなことを思い浮かべながら、その会員は帰ることにして、ひとこと賢治へのことづてを彼女にたのみ、 向きをかえようとしたとき、彼女の後ろの戸がさっとあいて、顔を異常に興奮させた賢治がとび出してきた。 愕きのあまり会員は声も出ず、といって逃げ出してしまうわけにもいかず、二人の顔から目をそらして、 立っているのがやっとの思いだった。 おもうに家にいた賢治は、彼女の不意の来訪をすばやく感知して、といって遠くへ逃げる時間などなく 押入れの中にとびこみ、呼吸をころして隠れていたのであろう。 ますます窮地に追い込まれてきた賢治にとって、そこに身をひそめる瞬間の前とあととの、何秒だか何分だかの時間は、 危機一髪の場面だったにちがいないし、いま立ち去ろうとしている教え子に必死にすがりつくように、 妙な所から妙な恰好でとび出したのも、外聞や体裁などにこだわってはいられない姿だったといえるかもしれない。 しかし、危機感と不安は、賢治の側だけにあるのではなかった。 むしろ内村康江のほうが、もっと深刻な事態に立たされていたのだから。 彼女は、宮沢賢治との結婚というきわめて大胆な設計をたてて、ひとりひそかに、着々とその準備をすすめていたからだ。 自分の勤めている小学校のある村に、すでにこっそりと家を借り、あたらしい世帯道具も一応買いそろえて、 あすからでも新婚生活が営めるように手筈をととのえていたのだ。 だが賢治の態度はいつが来ても、彼女に満足を与えるものではなかった。 彼女にこんな大きな夢を抱かせて、一方的に暴走させたのは、野生そのもののような大胆さ、 もしくは憎めないが恐るべき夢想家ふうの人の善さ、といった、彼女の稀にみる性格と個性が生みだした、 そしてその肉体で織りなそうとした"幻のドラマ"とでもいうしかなく、したがって責任は彼女自身ということになるわけだけれど、 賢治の行為のなかにも、彼女をここまでに誘引した何かが、全然なかったわけではなかった、と思われる。 ――たとえそれがほんの一寸したこと、好意から出発した、きわめてほほえましいたった一つのミステークの如きものであっても、だ。 前後の状況ははっきりしないが、あるとき賢治は、内村康江に蒲団を贈った。なにかの返礼としてであった。 それはどんな蒲団だったのか、掛けか敷きか、それとも昭和のはじめまで、岩手県あたりの百姓家でつかっていた、 あのドテラの親方のような、たたみにくい袖付きの夜着だったのか、座蒲団のようなものだったのか、 一枚だったのか一と揃いだったのか、私にはわからない。 とにかく、蒲団である。蒲団というからには、座蒲団でもなければ、ネグリジェとかパジャマのようなものではなくて、 やっぱりきちんとした、それも若い未婚の婦人用の美しい蒲団だったにちがいない。 その前に相手から何を贈られ、どんな状況でのそれは返礼だったのかも不明だ。 だが贈り主は、選ばれた、かくれもない立派な独身の男性だった。 それを受ける女性も、まだうら若い未婚の女性だった。 しかも彼女の胸には、すでにその人への愛が芽ばえていて、恋愛から結婚への過程をたどっていた。 折もおり、その人から、如何にもやさしい心がいっぱいこもっていそうな、ふわりとした、 上品な趣味を思わせる優雅な蒲団が届けられたのだ。 内村康江の胸はとどろき揺れ、夢に夢みるここちになった。 胸のところに組んだ手を押し当てて、「もう決ったわ」と彼女は叫んだ。 叫びながら今までの迷いを一擲して、宮沢賢治との結婚を敢然と決意した。 いや、かっきりと決意をあらたにしたのは、このときだったと思われる。 しかし、それとは気のつかない賢治であった。私はこのときの賢治ぐらい、間のぬけた、こっけいな賢治をみたことがない。 そしてそれ以上に、痛々しい賢治も。

[儀府成一・芸術生活社「宮沢賢治 ●その愛と性」P225〜P228より・1972年]