面影




眼をつむるとありありと眼底に浮ぶ賢治の面影に三通りあります。 (略) 第三は亡くなられる一年位前、病氣がひとまづ良くなつて居られた頃、私の家を尋ねて來られました。 それは賢治の知合の女の人が、賢治を中傷的に言ふのでそのことについて 賢治は私に一應の了解を求めに來たのでした。 他人の言に對してその經緯を語り、了解を得る樣な事は曾て賢治になかつた事ですから、 私は違つた場合を見たやうな感じを受けましたが、それだけ賢治が普通人に近く見え、 何時よりも一層親しさを覺えたものです。 其の時の態度面ざしは、凛としたといふ私の賢治を説明する常套語とは反對の普通のしたしみを多く感じました。 (略)

[関登久也・真日本社「宮沢賢治素描」P159〜P160より・1947年]